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東京高等裁判所 平成4年(行コ)5号 判決 1992年10月26日

控訴人 小澤功子

被控訴人 東京国税局長

代理人 川田武 仲田光雄 ほか二名

主文

原判決を取り消す。

本件訴えを却下する。

訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人が、平成二年三月二三日付けで小澤美惠子の相続人である控訴人に対してした、右美惠子の昭和六三年分の所得税の還付金の充当処分を取り消す。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

本件控訴を棄却する。

第二当事者の主張

一  控訴人の請求原因

1  被控訴人は、平成二年三月二三日付けで亡小澤美惠子(平成二年三月二一日死亡、以下「美惠子」という。)の相続人である控訴人に対して美惠子の昭和六三年分の所得税の還付金につき充当処分を行った。

2  本件充当処分は、美惠子の昭和六三年分の所得税の更正処分に対する異議申立てによりされた再更正処分より発生した還付金について行われた。しかし、控訴人は、美惠子の昭和六三年分の所得税の更正処分において、調査非協力であったことはないし、帳簿資料の提供も求められていないのであり、同更正処分は、推計によって課税をする理由がないのに推計課税をするという重大明白な暇疵があるから無効である。

したがって右更正処分が無効となるから、右所得税の還付金についての本件充当処分も無効になる。

3  よって、控訴人は本件充当処分の取消を求める。

二  請求原因に対する認否及び被控訴人の主張

1  請求原因1は認め、同2は否認する。

2  成田税務署長は、平成元年七月四日付けで美惠子に対して昭和六三年分の所得税について、所得金額を一九二万八三三六円、納付すべき税額を一〇万九八〇〇円とする更正処分(以下「本件更正処分」という。)をした。美惠子のこれに対する異議申立てに対し、同税務署長は、同年一一月二八日付けで同人に対し昭和六三年分の所得税について、所得金額を一四四万七〇五九円、納付すべき税額を六万一七〇〇円とする更正処分をし、減少した税額四万八一〇〇円(以下「本件還付金」という。)を、国税通則法五六条二項に基づき、平成二年二月二六日東京国税局長に引き継いだ。美惠子は死亡日現在(平成二年三月二一日)、東京国税局長を徴収の所轄庁として相続税六七七七万〇五二七円(未確定延滞税を除く。)を滞納していた(以下「本件滞納国税」という。)ので、同国税局長は、同年三月二三日国税通則法五七条に基づき、本件還付金を本件滞納国税に充当した。

したがって本件充当処分は適法である。なお国税の納付義務を具体化し、その納付すべき税額を確定させることを目的とする課税処分と、国税の還付金等を納付すべきことになっている国税に充当する処分とは、それぞれ別個の効果を有する処分であるところ、課税処分は当然無効であるか又は取り消されない限り有効であるから、課税処分である本件更正処分の違法を理由として本件充当処分の取消しを求めることはできない。

第三証拠関係 <略>

理由

一  本件充当の取消しを求める訴えの適否について

本件充当が「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」(行政事件訴訟法三条二項)に当たるか否かにつき検討する。

1  本件において被控訴人が充当した還付金は、亡美惠子(平成二年三月二一日死亡)の昭和六三年度所得税債務の内容を確定する更正処分により、法律上正当な原因に基づき納付されたものであったが、それによって確定された税額が過大であることが判明したため、過大である部分については法律上の原因を欠くとして再更正処分により減少された税額に係る金員であり(<証拠略>)、国税通則法五六条にいう過誤納金のうちの過納金に該当するものである。したがって、本件還付金は、誤納金(更正処分をまつまでもなく当初から納税義務がないのに納付された金員)が直ちに不当利得としてその返還請求をすることができるのとは異なり、過納の基礎となっている更正処分(本件では再更正処分により一部取り消された。)の取消しを得た上で還付金請求(任意に返還が得られないときは、その訴訟の提起)をする性質のものである。

2  ところで、過納金を還付すべき場合であって、当該納税者に未納付の租税があるときは、租税行政庁は、国税通則法一二二条による相殺禁止の原則にかかわらず、同法五七条の各規定により充当を行うべきこととなる。充当は民事法上の相殺に類似した制度であるが、租税行政庁の側のみから納税者の意思にかかわらず一方的に行われる点で民事法上の相殺と趣を異にするので、この点を重視すれば充当の処分性を認めることも可能となろう。しかしながら、充当は、両当事者間において弁済期の到来した債権が相対立している場合の清算方法として普遍性を有する民事法上の相殺とその本質を同じくするものであり、国税通則法の規定は、大量の納税義務確定の過程で生ずる納付及び還付の各手続を簡易迅速に処理する目的で、納税者の側からの相殺は禁止するが国の側からのそれは認めることとしたものに過ぎず、充当が国の側からしか行えないということは、何ら充当の右のような本質を変更するものではない。更に、充当は租税行政庁と当該納税者との間で未納付税額の現在高を確認する点で意味があるが、対世的に第三者との関係でこれを公定する必要性は乏しい。そして、一定の要件が備わるときは当然に充当を行うべきものとされているので、右要件の具備についての租税行政庁の判断はあるものの、行政処分に通常伴うものと考えられる租税行政庁による処分の必要性とその内容の正当性についての判断が入る余地はなく、充当の当否は、これを処分の効力といった観点から見るときは、自働債権に相当する未納付の国税債権の基礎となった納税申告ないし修正申告又は賦課処分ないし更正、決定の処分(以下、賦課処分以下を一括して「課税処分等」という。)の正当性と、受働債権に相当する過納金還付債権の基礎となった課税処分等の正当性とによりおのずから定まるものであるから、違法不当な充当の効力を争うためには、基礎となっている課税処分等の正当性を吟味する必要があり、かつ、これをもって足りるのであり、それ以外に、充当自体に処分性を認めてこれを検討の対象とする必要性はないものということができる(未納国税が全くない場合など、充当適状(国税通則法五七条二項、同法施行令二三条)が備っていないのに充当がされ、又は充当の順序を違えることが稀にあるとしても、以上のような充当の性質を考えれば、そのような充当がされたことにより、本来生じない効果が生ずると考えるべきではなく、そう考えることによる不都合もない。)。

3  次に、還付金請求に対する期間制限の観点から、この問題を検討する。

まず、還付金の実体が誤納金である場合においては、納税者は前記のとおり、直ちにその還付を請求できるが、仮に行政庁がこれに応じないときは、五年の時効期間以内に還付金請求訴訟を提起することができる。その場合、右の性質を有する還付金を対象として充当がされた場合において、充当自体を処分と解するとすると、還付金の支払いを求めて出訴しようとする者は、国税通則法七七条所定の期間内に充当に対する不服申立てをしなければ請求権を失うこととなるが、そのような結果を相当ということはできず、この点も、右の場合の充当を処分と解することの相当でないことを裏付けるものである。本件のように還付金の実体が過納金である場合においても、充当の基礎となっている課税処分等を争うことなく、充当自体の当否を争うことができる場合(そうした場合の説明について前記2括弧内の判示参照)には、充当を処分と解することが相当でないことは、右の誤納金について判示したところと同様である。

もとより、充当の当否を争うためには、大部分の場合において、その基礎となっている課税処分等をも争う必要があると考えられるが、その場合には、課税処分等を争う関係で、そのための国税通則法七七条による不服申立期間の制限に服することになるので、その点では直接課税処分等を争う場合における権利行使期間の制約に服することになるが、だからといって、その場合の充当自体が処分の性質を有することになるわけではない。

4  なるほど、国税通則法第八章所定の不服審査によれば、「国税に関する法律に基づく処分」で税務署長、国税局長等がしたものについては、異議申立て、審査請求等の不服申立てが認められており、弁論の全趣旨によれば、同法五七条の規定による充当も、実務上そのような処分として取り扱われており、審査請求等の審理を通じて納税者の救済が図られていることが窺われる。

確かに、充当についての不服申立てがあると、租税行政庁としてはその基礎となっている課税処分等の正当性につき再検討することとなり、その結果一定数の事例において課税処分等につき更正等の処分が行われ、充当の計算関係が訂正されることがありうるので、そのような取扱いは、納税者の簡易迅速な救済の観点から歓迎すべきことであるとはいえる。しかし、右に判示したように、充当の性質が処分ではない以上、充当そのものについての審査請求を認めることはできない(例えば、更正処分をするまでもなく、未納の国税債権が全くないのに誤った充当がされたときは、課税処分等に対する不服申立てについての期間の制限にかかわらず、還付金の請求をすることができると考えられるので、以上のように解しても納税者に不利益はない。)。税務実務上、充当についても審査請求を認める扱いがされているのは、納税者の申出により充当適状の具備や計算関係の正確さを再検討するほか、充当についての審査請求がその実質において課税処分等に対する審査請求を含むことが多いと考えられることから、右審査請求について課税処分等の正当性をも審査していることが多いものと解すべきであり、ただ、充当の結果が国税通則法五七条三項により通知されることから、課税処分等の審査のほかに、納税者にとって着目しやすい充当についても、実務上付加的に審査請求をすることを認め、もって多数納税者の納税義務の範囲を早期迅速に、かつ一括して確定するよう配慮した取扱いをしているものと解するのが相当である。そうすると、充当について同法所定の救済が実務上認められていることをもってその処分性を肯定する理由とするには足りないといわざるをえず、その点は、実際に審査請求が受理された本件充当についても異なるところはない。

以上を総合考慮すると、充当を行政庁が公権力の行使としてする行為であるということはできない。

二  以上のとおり、充当には処分性がないが、税務の実務においては、充当に着目して行政上の救済を求める納税者に対して国税通則法所定の不服申立てをすることを認めていること、しかしその実体は、充当に先行する何らかの課税処分についての不服申立てであることが多いと考えられ、租税債務の早期迅速な確定が行政庁にとっても納税者にとっても利益であることはいうまでもないから、充当についての不服申立ての実質が、納税者の任意の選択に基づき、充当の基礎となっている課税処分等についてされたものであることを前提とする限りは、このような実務上の処理をあえて違法とするまでの理由は見当たらない。そうすると、充当に対する異議申立てないしその決定に対する審査請求は、充当の基礎となっている課税処分を争う趣旨のものとして解しうるときは、その限度において適法であるが、充当そのものを対象とするときは不適法であることになる。

三  そうすると、本件充当に対しては、充当に処分性がない以上、充当そのものを対象としてその取消しを求める行政訴訟を提起することは許されないというべきであるから、控訴人の本件充当の取消しを求める訴えは不適法である。

よって、本件訴えが適法であることを前提として控訴人の請求を棄却した原判決は不当であるからこれを取り消して、本件訴えを却下し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 伊藤滋夫 伊東すみ子 水谷正俊)

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